盛岡市の歯医者をお探しなら、ゆいとぴあ歯科医院へお任せ下さい。

  • 駐車場15台完備
  • 平日は毎日診療!
  • 全室個室・最新CT・託児
  • オンライン初診予約はこちら
  • 無料ご予約 0800-800-8200
  • 無料メール相談はこちら

藤本 淳 ゆいとぴあ歯科医院 院長


略歴

院長 <院長名>
平成元年
茨城県立境高等学校卒業
平成7年
岩手医科大学歯学部卒業
平成11年
岩手医科大学大学院歯学研究科終了
歯学博士(歯周病学専攻)
平成12年
岩手医科大学歯学部歯周病学教室助手(~平成17年)
平成13年
日本歯周病学会認定歯周病専門医
平成15年
岩手県立衛生学院非常勤講師(~平成17年)
岩手医科大学歯学部歯周病診療室医局長(~平成17年)
平成18年
ゆいとぴあ歯科医院開設
平成19年
岩手医科大学歯学部非常勤講師
平成24年
岩手医科大学歯学部臨床教授 就任

プロフィール

・日本歯周病学会
・日本歯科保存学会
・日本ヘルスケア歯科研究会
・日本成人矯正歯科学会
・床矯正研究会
・盛岡インプラントスタディグループ
・岩手医科大学歯学会

プロフィール

平成19年8月 本宮第3町内会 社会学級「歯周病について」
平成19年10月 インプラントメンタープログラム 症例発表
平成20年5月 日本歯科保存学雑誌51巻1号99〜104頁「培養歯髄細胞の結節形成現象とアポトーシスの関連性について」共著
平成18年5月 岩手県歯科衛生士会「歯周病学会認定歯科衛生士になるために」
平成18年9月 ほっと本宮「口腔ケアについて」(盛岡保健所口腔ケア普及事業)
平成20年11月 安藤歯科医院セミナー
平成21年2月 岩手県歯科医学会「盛岡市歯科医師会会員診療所における医療安全と滅菌消毒管理の現状について −取り組みの一例について −」
平成21年7月 盛岡市歯科医師会「院内での滅菌・消毒管理のポイント −最近のシステムから学ぶ −」

茨城県生まれ、岩手医科大学歯学部入学時より盛岡在住。

大学卒業後、地元に帰る予定でいたが、実家は父親が塗装業、母親が薬局と歯科界に縁がなく、もう少し歯科界を深く知ってからと考えたところ、大学院という道もあることを知り治療と研究、教育の道へ。
大学院を修了して、研究面では博士となる。その後治療面では歯周病専門医を取得する。教育面では歯学部の学生を教える一方、県立衛生学院歯科衛生学科でスケーリング実習、岩手医科大学歯科衛生士専門学校では1年生の歯周病学の講義を担当していた。

縁あって妻の地元である盛岡でゆいとぴあ歯科医院を開業する。

実家が商売人のせいか、歯科医になってからは治療技術を磨くと同時に、患者さんの心をいかにつかむか考えるようになる。歯科医になって初めて買った本の数冊のなかに「患者さんがはなれがたくなる歯科医院」があり、治療技術以外の面で患者さんへの心配りがどれほど大切かを知り、共感し自分の歯科医生活に大きく影響している。そしてゆいとぴあ歯科医院では「治療技術」と同時に「おもてなしの心」も大切に考えている。

診療面では「治療」も大切であるが「予防」に力を入れている。そこには「歯科衛生士」という存在は欠かせない。ゆいとぴあ歯科医院が「歯科衛生士」の活躍の場となれるよう、そして患者さんと長くお付き合いすることで健康なお口を守り育てることができるよう、医院で働く環境を整えたく考えている。

「口福は健口から」

ゆいとぴあ歯科医院に通院を考えられる方は、生涯むし歯や歯周病のない歯、きれいな歯ならび、つまり「健口」を守り・育てることで、「おいしく食事をできる幸せ」「笑顔に自信を持てる幸せ」これが当たり前の「口福」な人生を送って頂きたいと考えています。

4月28日生まれ。おうし座。B型。39歳。
イケメンではないが副院長である妻と8歳の息子、5歳の娘に恵まれる。
旅行が好き。テレビはドラマよりもクイズ番組やバラエティ番組が好き。世界ふしぎ発見、情熱大陸、プロフェッショナル、ぷっすまは毎週欠かさずチェック!
スポーツは小学校からスイミングに通い水泳だけは何とか人並み以上。
球技は苦手で観る専門。
医院では「盛南地域1番」を目指し日々奮闘中。

私をより知って頂くために

子供の頃~歯科医になるまで

はじめにも書きましたが父親が塗装業、母親が薬局という商売で、しかも1件の店の半分が薬局半分がペンキ屋というなかなか変わった店を今も営んでいます。自宅=店。このことが自分の人生の様々な面に影響していると思います。

いつも小学校から帰れば両親はいるのですが商い中。3人兄弟の3男ですが、兄と12歳、10歳と離れ遊び相手にはならず、友達と遊ぶ以外は店にいる多くの社員の皆さんに相手して頂いていました。特に外商の配達の車の助手席に同乗するのが大好きで、小学生ではなかなか行けない近隣の見知らぬ世界を毎日のように探検できる絶好の機会。楽しくてしかたがありませんでした。
今の旅好きもこの影響を受けていると思います。

長期休暇となれば家の手伝い=店の手伝いもありました。朝は店の陳列棚の掃除、床掃除にはじまり、商品の品出し、値札付け、POP貼り、商品陳列、陳列後の段ボールつぶしなど社員さんと一緒にやりました。子供心としてはお店屋さんごっこの延長ですごく楽しんでました。

倉庫から商品を台車に乗せて運ぶのはカートごっこ。値札は昔なので値段を書いた小さいシールでラベラーという機械でかちゃかちゃ1枚ずつ貼るのですがシール貼りごっこ。商品陳列は大きさや幅、順序を考えて置くので一種のパズル。何でも遊びになりました。

その遊びの中にも教育がしっかりありました。
お客さんが来れば「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」はもちろん、お客さんと目があったら「ごゆっくりご覧下さい」ぐらいは笑顔で言うのよ。
皆が出払ってほんの数分店番をすることもあって「少々お待ち下さい」とお客さんにお話しして裏の家にすぐ呼びに来るのよ。電話応対の仕方はこうするのよを教えられたり、お客さんに失礼があると怒られたり。今思えば、商売の基本「あいさつ」「愛想」「礼儀」を子供の頃から母親に教えてもらっていました。

学校のあるときは帰ってくると毎日のように工作をしていました。店には商品を出した後の色々な種類の箱、段ボール、それを加工するはさみ、カッター、ガムテープ、マジック類はたくさんありましたので、1人でも、友達がきても工作したり、段ボールハウスをしたり。モノ作りの楽しさ、手先の器用さはここで養われたと思っています。

そんな楽しい毎日を過ごしていた小学校5年生の私に最初の転機が訪れます。
教育熱心な両親が東京の予備校通いを勧めたのです。そこは中学お受験をめざす小学生が集まるところ。全員が友達であると同時にライバル。毎週成績がランキングされテストと授業が繰り返される。茨城の田舎で育った自分とは別世界でした。
そこで生き残るための努力は大変でしたが、東京の友達ができ、彼らの考え方、価値観を知れたし、予備校では勉強(目標)に対する考え方、取り組み方など多くのことを学ぶことができました。

結果としては中学受験は不合格でした。
人生最初の挫折を感じました。しかし、そこで学んだことはたくさんありました。全国レベルの壁の大きさ。これは歯科医院を経営していても一緒です。全国の有名な先生のお話を伺うたび、自分より素晴らしい診療所の取り組みや、治療技術を学ぶ機会が多くあります。常に自分より上がいる。そこに追いつこう、追い越そうと常に努力する。東京へ電車通学は大変でしたが、そんなプラス思考の自分を作ってくれた大切な時間だったと思います。

このような感じで両親が働く姿を常に見ながら、遊びや勉強の中に今につながる基本を学び、子供時代を過ごしていました。そんな環境で小中高と成長し、兄2人も薬剤師になり薬局の支店を出しました。そこでの手伝いもしながら商売の楽しさが良いなぁ、将来は薬局をやりたいなぁと思っている私に次の転機が訪れます。

大学受験を控えた高3の夏に
薬局じゃない商売にしなさいと言われたのです。

その当時はバブル景気でしたが、大型のドラッグストアが各地に進出し個人の薬局が苦しみ始めました。父親は何かを感じたのでしょう。医者、歯医者の方が将来があると勧めたのです。でも浪人は認めないと言うのですから医学部は難しく、歯科医の道を選びました。でも薬剤師でなくても医療系に進みたい。誰かの役に立ちたいと思っていたので、気持ちに曇りはありませんでした。

知らない世界で不安はありましたが、東北にあこがれがあり、実家を離れてみたい気持ちがあったので、当時は国家試験合格率が高かった岩手医科大学歯学部を選び、無事6年で歯科医になりました。大学時代は水泳部に所属。今でも交流のある多くの友が全国にできました。

歯科医になってから

無事歯科医師国家試験をクリアし、歯科界とは縁のない世界で育った自分は次の目標設定をどこにしたら良いか分かりませんでした。そこで歯科医としてのスタートを母校で過ごし、もう少し歯科の世界を知ってから方向性を決めようと思いました。せっかく大学に残るのだからワンランク上の歯科医を目指そう、大学院を出て歯学博士を取ろうと考えました。

ここから私の歯科医人生を変えていく多くの人達との出会いが待っていました。

大学院に入るには専攻科目を決めなければいけません。6年間の大学生活で歯周か補綴を勉強したいと思いました。何となく歯周が自分に合っているかなと思い、歯周病を専攻することにしました(この選択は正しかったと今とても思っています)。

そして大学院生活が歯周病学教室でスタートしたのです。初めは歯科医としての基礎訓練、削ったり、詰めたり、抜いたり。それを覚えるのに精一杯でした。
徐々に歯医者らしくなってくると研究が始まります。ここで八重柏隆先生にお世話になることにしました。治療面では歯周病治療の考え方、実際の治療を見て、教えてもらい、自分で実践。八重柏先生は考え方のポイントがしっかりしていて、しかもできたこと、できないことを評価してくれる、まっすぐな先生です。自分の治療の基本はここにあります。

また研究では論文の読み方、書き方を教えて頂き、治療技術や、使っている材料・機械の使い方には裏付けられるデータがあること、つまり治療器具や材料の使い方は正しくしないと効果がないことを理解し、それを治療に活かすことができています。
ゆいとぴあ歯科医院ではそういう内容をマニュアル化して正しく使用できるよう取り組もうとしています。

歯科医も2年目になると外部の歯科医院へ治療のために出張します。いわゆる生活費のためのアルバイトです。10年間、あさひ歯科医院佐藤一裕先生にお世話になりました。他にも何カ所もアルバイトに行きましたが、見るべきものがあったのは佐藤先生でした。治療技術も大切ですが、それを活かす診療室のシステム作りの考え方があったのです。

予防歯科をベースにした診療室づくり。明るいスタッフの笑顔、てきぱきとした行動。他にはない世界がありました。とても厳しい先生で初めの半年は行きたくないと思いましたが、負けず嫌いなので認められるよう努力し、信頼され、開業までの10年間お世話になることができました。ゆいとぴあ歯科医院のシステムの原点がここにあります。

あさひ歯科医院は、日本ヘルスケア歯科研究会という会に入っていました。当時の代表が熊谷崇先生という有名な先生で、予防歯科の重要性、患者さんへの予防歯科の提供の仕方、データ蓄積の重要性、それはなく欧米ではメンテナンスは歯科衛生士中心で活躍していることなどお話しされ、日本に予防の流れを大きく与えた先生です。
自分も熊谷先生の医院見学やセミナーを受け、大学でも歯周病とメインテナンスは重要であり、患者さんへのモチベーションに大きく役に立ち、実感し、ゆいとぴあ歯科医院の設計やシステムに大きく影響しています。

佐藤先生や熊谷先生のような外部の方に刺激されながら、八重柏先生のもと大学院を修了し博士になることができました。歯科医になってここまでで4年が経っています。このころには歯科医としての目標設定がだんだんできてきました。メンテナンスを中心とした健康創造型の診療室を作りたい。そのためには開業する必要がある。開業する前に大学で治療面でも修行した証拠に歯周病専門医を取ろうと考えました。

歯科医として目標設定がだんだん固まっていきました。同時に患者さんに信頼される歯科医であるために必要なことも考えていました。自分は歯科界と無縁な世界から歯科医になったこと、子供のころからカリエスで治療経験があること。その際に色んな疑問やこうして欲しいなぁという思いがあり、それが患者さんの求めるものだろうし、それを自分の治療スタイルに入れられたらと思いました。

そこで共感したのが歯科医になってすぐ読んだ「患者さんが離れがたくなる歯科医院」。10年以上前の本ですが、医療であると同時にサービス業の側面があること、商売の基本である「あいさつ」「愛想」「礼儀」など自分が親から学んだことが大切なこと。
コミュニケーションつまり話すことから始まること。説明していくこと。常に患者さんに気持ちを向け考えること、「おもてなしの心」が必要だと感じました。少しでもかゆいところに手が届くような心配り。これを大学の治療の中で自分のできる範囲の中で実践し、患者さんと長いお付き合いができています。開業して大学からゆいとぴあ歯科医院へ転院していただいた方もいるのがその証拠と思っています。

これを開業しても実践し、もっともっとステップアップした形で提供できるようスタッフみんなで取り組んでいきたい。そして患者さんからの「ありがとう」が聞ける医院を作りたい、思いはどんどん募りました。

開業

そして開業

開業してみると院長として「歯科医」「経営者」「マネージャー」などいろんな面をやらなければならないことに戸惑い、どうして良いか分からなくなりました。そして最初は患者さんも少なくあせりました。自分のやりたい医院の形をどうスタッフに伝えたらよいかさえ分からなくなってしまい。今いるスタッフには迷惑をかけたと思っております。

そんなとき、父から「石の上にも3年。応援しているからじっくりやれ」と、経営者としての大先輩からの一言。何かに取り組み、結果を出すための時間、あせりの中にも少し落ち着きを持てるようになりました。

そうしながらも予防主体の診療室が徐々にできがり、今は1日50人前後来院する歯科医院にまで成長することができました。本当に開業からのスタッフのみんなに感謝しています。

そんな中で次の出会いがありました。岩渕龍正さん。経営コンサルタントですが、医院を活性化するにはどうしたらよいか、スタッフのやりがいがある医院を作るにはどうしたらよいかなど「地域一番実践経営塾」というセミナーを主催し多くの活気ある医院が参加しています。
そこで得られる医院づくりのノウハウは素晴らしいものがあると感じました。

そのアイデアを院内に少し取り込むことで、自分の理想の医院に近づき多くの患者さんが来院されるようになりました。常に新しいことに耳を傾け、進化し続ける歯科医院でありたいと思っています。

さらに全国で患者さんのために頑張っている先生方、スタッフの皆さんとの出会いがありました。スタッフと他の歯科医院に見学に行ったり、セミナーに参加しています。すごく刺激を受けています。モチベーションが上がります。スタッフみんなといろんな体験を共有することで、価値観を共有し、医院の一体化を図りながら、成長していきたいと思っています。

ゆいとぴあ歯科医院も今後この経営塾に参加してさらにさらにパワーアップしていきたいと考えています。そして健康創造型歯科医院として「盛南地域1番」を目指しています。
ひとりでも多くの方の笑顔とふれあえることを楽しみにしております。